知っていましたか? 卵を冷蔵庫などで新鮮に保存するには、先のとがった方を下にします。反対側の丸くなった側には気質があって、ここで卵は呼吸をしているのです。丸い方を下にすると呼吸ができなくて、鮮度がおちてしまいます。
梅雨時や夏場の暑いときは、あまったご飯の保存やお弁当のご飯がいたまないか、しんぱいですね〜〜。そんな時は、ご飯を炊く前にほんの少しのお酢をたらすと、いたみにくくなります。更に酢が蒸発するときに水分が切れて、おいしく炊けますよ。
袋を開けてたままにしていたポテトチップス、しけって、油っぽくなってしまったポテトチップスはちょっと食べる気にはなりません。かといって捨てててしまうのももったいない。そう、小さく砕いて、フライやコロッケのパン粉代わりの衣にすれば、塩味のきいたおいしいフライの出来上がり。コーンフレークやしけったおかきも同様に利用できます。
「鉄観音」は中国でも非常に人気の高いお茶です。福建省の安渓に義飲という男がいたそうですが、彼は信仰心が厚く、毎日観音様にお茶を捧げておりました。ある日観音様の石の隙間から光を放つ茶木を見つけました。この茶木を持ち帰り育てたところ、香りが良くて味の良いお茶ができたということです。色は光沢のある暗緑色で、鉄のような色のお茶ということで、「鉄観音」と名付けられました。 ![]()
どちらも戦後普及した中華料理ですが、餃子は中国北部の料理で、シュウマイは中国南部の料理です。日本で餃子の消費量がトップは宇都宮、シュウマイの場合は横浜がトップで、興味深いのは餃子とシュウマイの好みは反比例する傾向にあり、餃子1位の宇都宮市はシュウマイでは12位。餃子2位の新潟市はシュウマイでは10位。餃子4位の京都市はシュウ マイでは19位。逆に、シュウマイ1位の横浜市は餃子では26位。シュウマイ2位の東京23区は餃子では9位。シュウマイ4位の甲府市は餃子では15位、−−といった具合です。栃木県は餃子に欠かせないニラの全国一の産地で、気候も中国北部と良く似ているせいか、内陸性で寒暖の差が激しい気候が本場と同様餃子の風味を引き立てるとことで、餃子が受け入れられる下地があったようです。ニンニクを入れる餃子は庶民的で、シュウマイはおしゃれな印象があり、統計にありますうようにシュウマイは横浜市や東京23区のように都会の人の好みのようです。
「初恋の味−カルピス」はカルピス社の創業者であります三島開雲氏がモンゴ ルで愛飲されている乳酸飲料をヒントに作ったものです。「カル」はカルシュームのことであり、原料に牛乳を使っていることでカルシュームを豊富に摂取できることを意味しております。「ピス」の方はサンスクリット語の「サルピス」に由来します。サルピスとは、仏教の五味(乳味、酪味、生酢味、熟味、醍醐味)の中の一番おいしい味であるとされる醍醐味のことです。ちなみに三島開雲氏は僧侶でもありました。
寿司ネタに、江戸前はマグロやカツオといった赤身魚を多く使い、関西寿司では白身魚が主流で赤身魚はいっさい使わないということを知っていましたか?そうです。食人類学者も「東は赤身魚の文化圏で、西は白身魚の文化圏」とはっきり指摘しています。どうしてこのような文化圏が形成されたか、いろいろな説がありますが、「西日本には庭園の白砂、懐石料理の白の材料等、白を好んだ貴族文化が底流にあり、東日本では坂東武者が血の色である赤を、戦で奮い立たせる色として好んだのではないかという説が有力です。つまり、公家と武士の差に基ずく文化の違いでしょうか。
現在は寿司というと江戸前にぎり寿司を指すほど普及しておりますが、実は日本でこのようににぎり寿司が普及したのは戦後なのです。ですから、森の石松が江戸の人に「江戸っ子だってね〜〜。寿司食いね〜〜。」と勧めたのは、実は関西寿司だったわけです。江戸時代までは寿司といえば押し鮨(バッテラ等)や箱鮨のような関西寿司しかなかったわけですが、これは現在の寿司18個分くらいのシャリに9種類ほどのネタを乗せた一貫鮨と呼ばれる、かなり大きなものでした。これを小分けにして食べやすく考案したのが、江戸時代末期、文政7年(1810年)に両国で「与兵衛寿司」を出した華屋与兵衛(小泉与兵衛)です。これが「江戸前寿司」のルーツです。江戸の半分を焼失したと言われる明暦大火=振袖家事(1657年)以後、江戸では外食産業が盛んになり、本来は寿司も露天の屋台で売られていた、酔客や風呂帰り相手の安い軽食でした。しかし中には「松のすし」のように料亭を構え高級化路線を追随すところもあり、寿司の流れは屋台系と出店系の2系統に分かれて営業されました。江戸つまり東京は関東大地震と太平洋戦争の大空襲によって大部分が廃墟となったため、東京の寿司職人が各地に疎開し、戦後に一時禁止されていた寿司屋の営業のうち最初に解禁されたのが握りずしだたこともあり、江戸前握りが日本全国に広まったと言えます。なお、寿司店にカウンターがあるのは、大正時代に衛生法と道路整備のため露天での営業が禁止されて店を持たざるを得なくなり、しかし露天で寿司職人が目の前で調理すのも客の人気が高っかったため工夫されたのが店内のカウンターであって、これは屋台のなごりといえます。 (江戸前寿司) (大阪寿司) (箱寿司) ![]()
寿司店で@「手掴みで寿司を食べる」のやA「卵焼きを最初に食べる」のが通の食べ方や、と信じている人もいますが、@は前項「8.江戸前にぎり寿司は戦後普及」の中で説明しておりますように、手掴みで食べるのは屋台系の食べ方で、お箸を使うのは店舗系の食べ方のなごりです。また、Aの卵焼きについては、以前各寿司店毎に卵焼きを作っていた時代はその出来で店の技量がわかると言われました。しかし、現在はどこの寿司店も卵焼き専門業者から仕入れる時代ですから、通の意味がありません。 ![]()
漢字で書くと「おでん」は「お田」と書きます。これはもともと田楽から発展した関東の食べ物で、江戸の女性達が田楽の「がく」を略して「お」をつけて呼びはじめたことに由来します。関西の田楽は、豆腐を横長四角に切り、竹串に刺して焼き、味噌をぬったものですが、江戸ではこの田楽を発展させて、豆腐をだし汁で煮るようになり、やがてハンペンやコンニャク、ガンモドキ、サトイモなども一緒に煮込むようになりました。この料理が江戸時代末期に大阪にも伝わり、新しい料理として大阪ではこれを「関東煮(かんとうだき)」と呼んでいます。
「煎」という字には、焼いて水気をなくすという意味がありますが、「煎じ薬」の「煎じる」も同じような意味になります。煎餅は中国から弘法大師が日本に伝えたもので、804年、唐に渡った弘法大師が順宗帝に招かれた際、亀甲形の煎餅が出されたので食してみると、これがたいへんおいしかったのでその製法を教えてもらい、帰国後、山城国小倉の里の和三郎に伝授したのが最初と言われます。その後、和三郎は葛根と米粉に果実の糖液を混ぜて焼き、「亀の子煎餅」の名で売り出されました。江戸時代になると、小麦粉を砂糖などで捏ねて蒸篭で蒸し、平らに伸ばして丸く切って焼く技術が生み出され、現在の形になってきたようです。
前項の「せんべい」に「あられ」とくると、あの懐かしい「あられちゃん」を思い浮かべる方も多いと思いますが、あられちゃんや、生みの親のせんべいさん、みどり先生はどうしているでしょうかね!ところで、「せんべい」と「あられ」と「おかき」の違いは何でしょうね。 原則的に、原料は「せんべい」はうるち米を使い、「あられ」と「おかき」はもち米から作られます。「せんべい」は大きくて平べったく、見た形でもはっきり区別できますが、「あられ」と「おかき」の違いははっきりしません。どちらも餅を砕いて大鍋で煎る際、あられのような音を出すということで「あられ」となったようですが、一般的にあられの大き目のを「おかき」と呼んでいるようです。 ![]() ![]()
「煎餅」特に「塩煎餅」は東日本の食べ物です。西日本、特に九州では「かりんとう」のような甘い菓子が好まれ、辛くて硬いものは全くダメ。塩煎餅は不人気の代表であり、煎餅類の需要は少ないと言われております。京都には餅を砕いて油で炒って食べる習慣があるためか、あられ市場は西日本も昔から大きく、関西では菓子として発達したといえます。新潟名物の「柿の種」はおかきの一種ですが、新潟・長岡市の浪速屋製菓の宗製品で、あのユニークな形は、実はある失敗から生まれました。もともとは小判形だったのですが、形の筒を誤って踏んでしまったため、いびつになったのがヒントになりました。軽い歯ざわりと唐辛子の辛味が人気となり、今では日本全国および日本通の外国人にも評判です。
もちろん「カレー」は誰もが知っているインドの料理ですが、実はインドから直接日本へもたらされたものではありません。かってインドがイギリスの植民地だった頃、イギリス軍の兵士がたくさんの香料と、それを使った料理法を本国へ持ち帰り、インド風の西洋料理として発達し、ヨーロッパ全体に広がっていきました。そして、日本に伝わったのは、明治時代初期、文明開化の時代で、イギリスから西洋料理の一つとして入ってきました。最初は「カリー」と呼ばれていましたが、何時しか「カレー」に変化してしまいました。こだわりのカレー店では「カリーライス」と表記する店もあります。
誰もがカボチャの料理で大量の種を捨ててしまいますよね。それは今流行りの「もったいない!もったいない!」です。まずカボチャの種を良く洗い、天日に干して十分に乾燥させ、それを油で揚げて軽く塩をふれば出来上がり、ビールやお酒のおつまみに大変身。食べる時は皮をむいて、中の中心の芯の部分を食べます。とてもヘルシーなお酒のつまみをお試しあれ!
調味料は「サシスセソ」つまり「砂糖、塩、酢、醤油、味噌」の順で入れるのが正しいのですが、理由は、塩は砂糖より早く染み込み、しかも材料を引き締める働きがあるので、塩を先にすると材料に味が染み込むのを邪魔してしまいます。酢は加熱すると蒸発してしまいますので早く入れすぎないことが大切で、醤油と味噌は香りを大切にする調味料ですから後が良いというわけです。酢、醤油、味噌の順はさほど重要ではありませんが、砂糖と塩の順は間違えないようにしましょう! |